研究概要

学術的背景と問い

地域研究としての中国研究への地理学の貢献

 中国が急激に変化していることを詳論する必要はないでしょう。1978年に始まる改革開放政策による40年あまりの経済改革と対外開放がもたらした変化は、中国のGDPを日本の1/4から4倍に引き上げました。日本の中国研究は、この変化する中国の理解に様々な方法で取り組んできましたが、地理学は「空間」に着目することでこれに参画してきました。ここに言う空間とは、単なる容器ではなく、自然と人間さらに様々な関係の織りなす場を意味します(D.Massey, For Space, SAGE, 2005)。中国をフィールドとする地理学研究は、中国の内部に観察される多様性すなわち地域性と、グローバル化や国家政策などのスケールを越境する関係性について、空間という視角から調査研究を進めてきました。本研究課題は、高度経済成長期の中国を対象として、この地理学が展開してきた多様な空間研究を、新たな調査研究によってさらに推進するとともに、研究者間の深い対話を通して総合し、広く学術界および社会へその成果を公開してゆくものです。

研究対象時期を「高度経済成長期」と措定すること

 現代中国を改革開放期と捉えることが学術界で長く行われてきました。1978年に鄧小平が途上国という現状認識に基づく政策転換を行ってすでに40年あまり、それまでの毛沢東の急進的な社会主義建設をめざした政策との対照を表すことから、また経済改革と対外開放という開発政策の両輪を明示する点からも、「改革開放」はなお有効な概念ではありますが、1980年代の中国と2020年代の中国を同列に語ることはますます困難になっています。本研究課題は、研究対象の時期を1990年代半ばから2010年代半ばまでの「高度経済成長期」の20年間とすることで、ポスト高度経済成長期に位置づけられる中国の現在をより的確に考察することが可能になるという理解に立ちます。また当該期の資料と研究が揃いつつあるいま、高度経済成長期の中国を明示的な対象に据えることは、研究活動の適期にあると考えられます。さらに東アジアで先行して高度経済成長を達成した日本・韓国においてもその期間は20年程度であり、高度経済成長期の空間構造変化に関する比較研究が可能です(武田晴人・林采成編『歴史としての高成長』京都大学出版会、2019)。

空間構造変化を通して高度経済成長下の中国を捉えること

 「地大物博」は広大で多様な中国の空間を象徴する熟語であり、中国理解にその地域性への顧慮が欠かせないことを示しています。たとえば地域性を経済発展の軸線上に置き直すと地域格差の議論となります。次の図は人民共和国の起点(1952年)、社会主義建設期の達成(1978年)、改革開放前期の到達点(1998年)、高度経済成長後(2016年)の地域格差を、1人あたりGDPの特化係数を省別に示したものです(小島泰雄「改革開放は中国をいかに変えたのか」(地理64-4、10-17頁、2019))。南北格差から、一旦、平準化したものが、東西(沿海-内陸)格差に転換してゆく様子が確認できます。本研究課題では国家・広域・都市の3つのスケールでこうした空間構造変化を解明してゆきます。

核心にある問い

 このように本研究課題が取り組む学術的な問いは、「中国における高度経済成長は、空間構造をいかに変化させたのか」「空間構造変化の解明を通して、中国理解をいかに深めることができるのか」であります。

スケール論・関係論的な方法

 世紀転換期のポスト構造主義的な研究展開において、「新しい地域地理学」の潮流が示すように、地理学では地域の再評価が進んでいます(T.Cresswell, Geographic thought, Wiley-Blackwell, 2013)。本研究課題が参照するスケール論もその一つです。地理学における“scale”は、地図の縮尺を示すほか、研究の認識や方法における空間的な視圏を意味してきましたが、グローバル化に象徴される複雑な関係性への関心が高まる中で、存在としての空間として用いられるようになっています(A.Herod, Scale, Routledge, 2011)。本研究課題においては、中国の高度経済成長期の空間構造変化について、下図のように、中国の国土に相当する国家スケール、自然-農業-都市の連関に基づき全国を7つ程度に分けた広域スケール(楕円表示)、日常生活空間としての都市スケール(点表示)の3つのスケールに焦点をあわせて、調査研究を進めてゆきます。